世界を動かす石油戦略

世界を動かす石油戦略 (ちくま新書)

世界を動かす石油戦略 (ちくま新書)

[概要]
石油をめぐる誤解、取り巻く世界情勢、日本のとるべき石油・エネルギー戦略について。

[感想]
石油に関するさまざまな知識がたくさん!特に国際石油市場や可採埋蔵量、サハリンの話などは、専門家からすれば基礎的な知識だろうが、僕はまったく知らない話ばっかりだった。
新書に関わらず有用な情報の密度が高く、張った付箋の数がいまだかつてなく多かった。
石油、エネルギーについて知るには非常にいい本だと思う。

[内容]
国際石油市場:石油は国際的に流通性・流動性の高い商品
→石油の供給は二国間ではなく、多国間の観点から論ずるべき

今後のエネルギー安全保障:石油供給源(中東以外)、調達手段、エネルギー源(天然ガスなど)の多様化

0.石油をめぐる地政学
石油問題の長期的重要性は今後も落ちないだろう(自動車、航空などの需要、温暖化対策による石炭からの代替)
石油は戦略物資から市況商品へ(地政学似非科学、しかし非専門家の影響力が大)
リアリスト的軍事専門家や政治家はこの点を認識していない、しかし影響力がある!

1.米政府の石油介入
    ・米の中東石油依存率は一次エネルギー中5%以下
    ・米国石油企業も権益を持っていない
なのになぜ中東湾岸への政治・軍事的介入するのか?
→国際石油市場を守るため(本当に!?)

イスラエルアメリカに石油輸入禁止したが、市場の配分機能(輸送費は安い、輸入国と輸出国の組み合わせは変わる)により効果なし
→石油は政治的武器にはなりにくい

上流産業:新油田開発、パイプラインなど、自転車操業的性質を持つ石油市場の本質
下流産業:タンカーによる輸送、精製、販売
石油市場=投資(上流産業)+下流産業 数ヶ月〜10年のダイナミクスをもつ循環

石油市場に支配者はいない:市場メカニズムにる(先物市場)
地域の価格差は石油会社、ブローカーなどにより埋められる
スポット取引が国際取引の4割を占める

日本は中東との長期契約により、特異的に中東依存性が高い!

国際石油市場は
    ・「情報の不完全性」が生じており、投機を呼びやすく、群集心理も発生しやすい
    ・上流産業の性質により、短期的な需給の価格弾力性が著しく小さい
ため、不安定になりやすい→循環的な傾向が見られる。(現在は違うな!)

米国が石油市場安定化を図る動機
    ・車社会(ガソリン税が低いため、市場価格の影響を受けやすい)
    ・国内ユダヤ人(富豪、政治資金源、メディアの中枢→アラブ・イスラムに対するマイナスイメージを流す?)勢力

2.石油同盟と化す米露関係
安価な原油供給を支えた北海油田が2000年以降、枯渇、老朽化により生産を減らした。
→新たな安定供給源として、カスピ海油田をめぐり米露協力関係へ

ブッシュが露のG8入りをプッシュしたのは
    ・対テロ同盟国
    ・国際石油戦略パートナー(サウジの一大事への備え、中東対テロを行いやすく)
として露を考えたから。
プーチン元大統領も石油増産をバネに大国として露を立て直したい。
一般マスメディア、政治家も露石油増産の戦略的重要性を唱えだした(古典的地政学観点もあるようだ)。

石油可採年数:現在の技術、価格で採算が取れる経済的な在庫概念(変わりうるということ、無くなるということではない)
    ・科学的な埋蔵量は未だかつて把握されたことはない。なぜなら
        一つの油田を発見〜生産するには数百億〜数千億という巨額のコストがかかる
        →世界で数十社ぐらいしかできない
        →よって全地域をローラーすることは不可能
    ・技術の進歩により、極地や深海からの採取、回収率の上昇
    (・現在の石油価格高騰により、定義上の石油埋蔵量は大きくなる)

露の確認可採埋蔵量は世界の5%のシェアしかなく、中東(サウジ)代替は不可能に思えるが、
1.潜在的な埋蔵量が大きい
    ・無理な生産で一度減らした生産量が、最新技術により再び増産に向かっている。
    ・世界最大の国であるため、探査密度が著しく低く、データ密度も悪い。
2.埋蔵量と生産量は関係ない
    サウジは生産量を低くしている。
露の増産は国内外の石油企業が大規模投資を行えるかどうかに懸かっている。
完全なサウジ大体は不可能だが、露増産で中東ウェイトを下げることはできる。

3.さらに不安定化する中東
サウジ王政の不安定化
    ・民意の力拡大
    ・テロによる、国際石油会社からの投資縮小
    ・パレスチナ問題から、米石油会社への有利条件が出しにくくなった
    ・サウジ王政はアメリカ的「自由原理主義」と相性が悪い
    ・アブドラ現国王も85歳、スルタン次国王候補もアルカイダへの寄付疑惑で米との相性悪
→有事の際、少なくとも短期の混乱は避けがたい

文明の衝突」が激化するかどうかは、米がパレスチナ問題、イラクの将来をどう扱うかに懸かっている。
しかし、国内新イスラエル勢力の圧力により困難。

中東がカオス化する理由
1.人口爆発
2.王政や権威主義的政府、独裁体制
3.国際石油市場の影響を大きく受ける脆弱さ
よって中長期的には不安定

4.大きな撹乱要因、中国
石油需要の伸びに比べ、国内生産の頭打ちから、将来的には石油の大輸入国となる。
国有石油会社は海外進出している(カスピ海や中東での権益獲得)。
しかし、タリム盆地からの石油パイプラインやロシアからのガスパイプラインなど、
経済性はなく、明らかに地政学発送の産物。

いつ過度の政治的アプローチに傾くかわからず、危険。なぜなら
    ・成長率が著しく、国際石油市場への影響力が急速に大きい
    ・民主主義的政治制度が欠けており、米への対抗、独立意識が強い

過度の政治的アプローチとは
    ・中東へのミサイルや核技術と石油のバーター取引、政治的、軍事的アプローチ
    ・中東からアジアへの石油シーレーンを米から独立させようとする働き

中国は今まで石炭社会で、石油危機を経験しておらず、大石油輸入国になりつつあるにも関わらず備蓄がない。
→混乱を招きやすい(日本の中東からの長期購入価格もスポット取引価格によって決まるため影響を受ける)


今後生産が伸びそうな国は、政治的に不安定か、米との長期関係が不安定である。
これから20年といったタイムスパンでは、地質的な枯渇よりは、政治的要因により投資不足、生産操業障害が起こりやすい。


5.新しいエネルギー戦略

石油危機の真実
    ・
増産を図った産油国もあり、また市場の再分配機能により、供給量は減少していない(むしろ増加していた)
    ・価格暴騰により、消費国から産油国へ富の移転→大不況
    ・日本は調達手段の多様性がなく、パニックになった(日本が石油危機の原因だと思われている)
   
石油危機や、食料危機が自給率の低さが原因ではない!
    歴史上でも飢饉は大都市ほど飢饉が発生せず、農村で飢饉が発生する
    なぜなら農村は購買力が低く、流通経路も少ないから

重要な戦略=多様化+備蓄
自給は問題でない、リスク分散が大事
1.中東依存度を下げる
2.上流産業を行えるしっかりとした企業の確立と、中東での油田権益の獲得
3.石油依存度を下げる→天然ガス
4.石油備蓄と、有事の際の適切な備蓄石油放出

中国でも天然ガスの育成が始まる「西気東輸プロジェクト」
エネルギー源の転移は枯渇によって起こるのではない(例.石油時代でも石炭はまだ豊富)
よって石油枯渇前に天然ガスに移行する可能性もある。

天然ガスの利点=低環境負荷
なぜ今まで天然ガスじゃなかったのか?
    ・輸送が大変(パイプラインは巨額な投資が必要)→世界単一市場が形成されてない
    ・石油よりも深い位置にある
なぜこれから天然ガスなのか?
    ・現在の可採埋蔵量が石油以上
    ・今までの発見は石油のおまけで発見されたもの、これからターゲットが天然ガスになればさらに増える
    ・炭層メタン、タイトサンドガス、メタンハイドレートなど非在来型天然ガスが膨大に存在
今後天然ガスに移行するには?
    ・パイプラインなど初期投資が大きく、投資が滞りやすいので、政治的支援が必要
    ・インフラ整備後に市場自由化(日本では市場自由化が先に行われそう)

天然ガス社会へ移行しつつあるヨーロッパに比べ、日本は乗り遅れている。

他のエネルギー源は?
    ・原子力は進みそうもない
    ・風、太陽力は不安定かつ、逐電するとコスト競争力がさらに下がってしまう

LNGは日本だけの特殊使用
しかし、幹線パイプラインがなければ行き詰る。

日本のこれからのエネルギー源、サハリン
    ・北サハリン堆積盆には未発見の膨大な埋蔵量(日本全消費エネルギーの10年分以上)
    ・日本から近く、パイプラインが接続可能
        →燃料電池などを活用した分散型エネルギー供給システム
        →さらにサハリンへの投資

現在イルクーツクのコビクタ・ガス田をBPとロシア企業が開発し、中国、韓国までパイプラインを建設する計画が、中露政府のバックアップを得て動き出す可能性が出てきている。
    →対馬と通り、日本へもガス供給が可能になるかも
東シベリアには石油もある
    ユルブチェンスコエ油田から太平洋岸への長距離石油パイプライン計画も浮上中

露の油田・ガス田は内地にあるため、国際協力により長距離パイプラインを建設するスキームが重要となる。